フシチョウ・・・・きゅうぞうの部屋
日々のできごと、好きなもの、好きなひと、 そして、病気のことなどを綴っていこうと思っています。。   
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我が町の本屋さん
      子供の頃、いそいそと通っていた本屋さんは、
      小さくて、こぢんまりとしていた。
      
      よくハタキを持った店主が、立ち読みをしている客(?)に、
      わざとらしく“パタパタ”と目の前でハタイテ見せ、
      「買わないなら、帰っておくれ!!」と、態度で示したものだ。
      もう、こんな光景にはお目にかかる事はできなくなってしまった。

      それでも、本棚を見上げれば“ギュウギュウ”に押し込まれた本たちは
      所狭しと並んでいたのだ。
      
      そして、手にとられ、この窮屈な場所から、いち早く連れ出してくれる救世主を
      今かいまかと待ちわびていたに違いない。

      時は過ぎ去り、わたしは結婚し、今住んでいる町へとやってきた。

      何が一番嬉しかったか。。。。。

      この町には、今まで見たこともないような大きな本屋さんがあったこと。

      どんな本でも揃っていて、
      楽しくて数時間もこの場所から離れることが出来なかった。が、

      最近、気づいてしまったのだ。

      あの頃の本屋さんとは違う、ということに。

      数ヶ月前、欲しい本があった、
      その作家さんは誰もが知っているであろうと思われ、
      テレビや雑誌にも頻繁にご出演されておられ、
      わたしは簡単に手に入るものと思っていた。
      
      ところが図らずも、その本がみつからなかった。

      いくら探しても見つからない・・・・・・・

      店員さんに訪ねても、
      「この小説しかありませんよ。
       その作家さん、エッセーを出してるんですか?」と、つれないお返事。
      その日は諦めて、帰宅の途に就いた。

      それから間もなく、また、その本屋に足を運んだ。
      今度こそはと、店内をくまなく探す。

      やはり見つからず、諦めの悪いわたしは、
      もう一度、今度は少し年配の店員さんに声をかけ、PCで探していただいた。

      その画面には、しっかりと著者と本の題名が載っていたのだ。
      何処に、その本があるかも所在すら把握しておらず
      店内中を探すこと20分、
      わたしもその書籍が置いてあるからには探さねばと必死だったのだな。
      やっとのことでめぐり合った本からは、
      何故か後光がさしているような気さへした。

      そして、数日前、本棚バトンをした際、
      ある方が、こんな面白い本がありますよ、とコメントを寄せて下さった。

      その本は、乾ルカさんの「夏光」・・・・・・
      この前の事があるので、早速、店員さんに尋ねてみたのだ。

      すると、その店員さんが発した言葉は、
      「えっ、そんな作家さん聞いたことないですね。
       有名な方ですか?」と、のたもうた。

      わたしも正直に申しますと、名前ぐらいしか知りませんでした。

      でも、出版業界が様変わりしたとしても、
      最近の、本の名称や作家さんは、
      チェックしておくのが働いてるものの流儀などではないかと思う。
      わたし、厳しいですか?
      
      先ほどお話しした、小さな本屋さんのおばさんは、
      何処に何の本が置いてあるかを把握し、
      漫画であろうが、どんな古い本であろうが、即座に対応して下さったのだ。
      しかも、本の題名や、著者の名前を伝えただけで
      「ここにはないので取り寄せるわね。」と、調べることなく、事も無げにおっしゃった。

      これが実に凄い事だったかを、今更ながら気づいたのだ。

      結論をいいますと、この「夏光」は書店には置いてありませんでした。
      たった1年しか経っていないこの書籍が、
      オール讀物新人賞受賞を獲得した作家の本が置いていなかった。

      しかし、この本は“ヒッソリ”と、わたしを待ってくれていたのです。

               おもしろい?

              この本も、本棚バトンで、ある方が面白いと教えて下さった書籍。

              宮本輝さんの書籍は、わたしの本棚にも並んでいました。
              これも父から譲り受けたもの。

              しかし、どれだけ書棚をひっくり返しても
              この「優駿」だけは見つからなかった。

              この本が出版されて20年が経とうとしているけれど、
              これは書店にはあった。

              その他にも、幾つもの古い本は点在して本棚に並んでいた。

              なぜ、わたしの町の本屋さんには
              1年ほどしか経っていない本は置いていないのだろうか?
              不思議だな。

              ってか・・・・・やっぱり田舎ってことでしょうかね。。。。。orz ううっ


      
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わたしは何県の女性?
        YAHOO!JAPANにこんなものがあります。

        サニーさんや、ゆうゆうさんがブログに貼っておられたので
        わたしも、チョイとやってみましたよ。

        それは、出身地だけでは語れないあなたのタイプ
        「ウラ県民性診断」というものです。



            Yahoo!縁結び - ウラ県民性診断 性格から見たウラ県民性は……宮崎県タイプ

         これを診断されたみなさんは、
         結構、性格的にあってたという声を 聞きます。

         わたしも「そうそう、そうだわ。」という処もあれば、
         全く違うところもありで、それなりに楽しめました。

         みなさんの感じる、わたしへのイメージは合っているでしょうか?

         ところで白状しますと、・・・・・
         九州出身から抜け出したいが為に、何回か、やり直しをしました。98666

         はんなりと、京女なんぞがいいな。・・・・・・・・
         「うちが美人さんやて、そんなことあらしまへんどす。」エセ京言葉どすえ~。
              
         都会の喧騒の中で、
         スクランブル交差点を颯爽と歩くわたし・・・とか憧れたのですが、

         何度やり直しても、宮崎県タイプと出てきました。
         決して宮崎が嫌いではなく、寧ろ好きなぐらいなのですが、
         どうしても九州から離れることはできませなんだ~~!!大泣き


         九州出身者で活躍されていらっしゃる方は沢山おられるのは
         知ってはいましたが・・・・・・

         宮崎県出身者を調べてみましたら・・・・・・・す、すごい!!

         音楽関係でいきますと、コブクロの小渕健太郎さんでしょ、
         そして、サザンオールスターズのドラムの松田弘さん。
         鬼束ちひろさんも、今井美樹さんも宮崎ご出身だったんですね。

         そうそう、エビちゃんこと蛯原友里さんもそうですってよ、奥さん、ご存知でした?

         しかも今では押しも押されぬ名俳優の堺雅人さん、
         コミカルな演技が際立つ温水洋一さん。

         スポーツでいいますと柔道の井上康生さん、
         そしてそして、我ら~の我らのホークス、井出正太郎くんです。

         もうね、書ききれません。
         その位、この地方から飛び出し、頑張っておられる方の多いこと。

         だから、納得することにします。 なんじゃそりゃ!!

         また本題から逸れてしまいましたが、どうです?やってみませんか?

         あなたの知らない性格が・・・・・・・・・ギャ~ ホンマにアホやわ~。




              
「世界の王」さん
     わたしが子供の頃、父が観ている野球中継がうらめしかった。
     野球の為に、好きなテレビ番組がつぶれてしまうからだ。

     この頃は、野球の楽しさなど皆無で、
     知っているといえば長嶋、王という両雄の名前だけ。
     セ・パリーグの意味さへ知らなかった。

     高校生になって出会った友人が、広島カープの大ファンで、
     わたしは毎日と云うほど選手の名前を聞かされ、
     試合の結果に一喜一憂する友を可笑しくもあり、凄いなとも思っていたのだな。
     何にせよ、彼女は野球に詳しかった。

     この頃からだろうか。。。。
     野球って面白いの?
     そんなに夢中になるには、何処か魅力があるに違いない、と感じだしたのは・・・。

     それでもホークスに恋するのは、もっと先のことだった。

     福岡の南海ホークス時代を全く知らず、
     しかも、王さんがダイエーホークスの監督に就任した当時は、
     球界のお荷物球団などと呼ばれ、
     監督や選手が乗っていたバスに卵をぶつけられたり、
     「頼むからヤメテクレ王」などと書いた横断幕が掲げられたことも、
     わたしにとっては今でも信じられない話なのだ。

     わたしが知っている王さんは、
     根気強く粘り強く選手たちを育成し
     (旦那さまがいつも言います、これほど心が広く根気があれば
      仕事上でも下が育つ、わかってはいるけどなかなか実践できない、と。)
     そして、福岡の方たちに愛され、人間として素晴らしい方だということだ。

     誰もが王さんを語るとき、
     「記録も素晴らしいが、人柄や器の大きさはもっと素晴らしい。」と、
     これこそが「世界の王」と呼ばれる所以なのだと。

     ダイエーホクスを3度も優勝へと導き、
     日本シリーズは2度も制覇。
     ソフトバンクホークスへと変わっても、プレーオフ制度さえ復活しなければ
     優勝回数は、もっと増えていただろうと思われる。
     ダントツ首位で通過しても、プレーオフで負けるという不運に見舞われた。

     わたしたちファンでさへ悔しかったのだ、
     監督、選手のお気持ちを察するに余りある。

     それでも前向きだった。
     それは、王さんの「胃がん」という病魔との闘いにも表れていた。
     わたしが乳がんと宣告されたのも同じ年だった。
     どれほど励まされたことか、・・・・・・それは、わたしだけではないだろう。

     お体がきつくとも、責任感、諦めない心を以ってこれまで闘ってこられた。

     王監督がいなければ、野球の面白さを味わうことなく人生を過ごし、
     あの優勝の胴上げ姿を観る事ができなかっただろうな。

     今では、WBC然り、高校野球然り、
     王さんのお陰で楽しむ事ができています。

     「夢をありがとうございました
      ご苦労様でした、お疲れさまでした。
      これからは少しのんびりと過ごして下さい。」・・・まだまだ言い足りないな。

     ただ悔やまれるのは、ドームに野球の応援に行っても
     もう王監督を見ることができないということ。
     無理してでも、這ってでも行っておけばよかった。

     でも、旦那さまや息子は、ドームに足を運び
     王さん采配の試合を観戦している・・・・・・ううううっ、羨ましい!!

     でね、王監督、あなたがやっぱり凄いと感じたのは、
     「僕の辞任で号外がでたの?
      辞任会見の後、
      携帯電話にたくさんのメールが入ってたんだよ。」と、驚き、はにかんでいたこと。

     あなたは「世界の王」監督ですよ。

     わたしは思わず笑みがこぼれた、
     これこそが福岡の方たちに愛された親しみやすさなのですね。

     どうでしょう?巨人の長嶋さんのように、
     王監督もホークスの終身名誉監督というのは・・・。
     

     
これ食べる?
          これこれしかじか

                 「ヒソヒソ・・・・・コソコソ・・・・・・ほにゃらら・・・。」

        きゅうぞう(私)「ねえねえ、何コソコソ話してるの?」

        彼ら「あっ、いえいえ・・・・何でもありませんよ。ははっ。」

        きゅうぞう「今から、これを食べようと思うんだけど一緒にいかが?」

                  おいしそう?

        きゅうぞう「秋は栗の季節ね。季節のものをいただくのは幸せなことだわ。」


                   おいしそうだけど・・・

        彼ら「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの~、これ大丈夫ですか?
            ニュースで流れてましたけど、
            汚染米(事故米)被害が拡大の様相を呈してきましたが・・・・。」

        きゅうぞう「だ、大丈夫とは思うけど・・・・自信はないわね。」

        彼ら「じゃぁ僕らは、遠慮しておきます。」

        きゅうぞう「この世の中、何を信じたらいいのかしらね。
               安全なものって何処に行けば手に入るのかしら。」

        *無農薬食材などを宅配して下さる会社にお願いし、
         ときどき配達していただいています。
         或る日、数年来、宅配していただいていたバナナがパンフレットから消えました。
         無農薬で栽培し、安全だというふれこみだったのです。
         バナナにしては高額でしたが、体の為と思いお願いしていました。

         こういう食材が、ある日突然市場から消えていく。
         無農薬とうたっていても、今や安心とは限りません。

         政府が体に害はない、と繰り返していますが
         残留農薬や、発がん性の強いアフラトキシンは遅効毒性で、
         地上最強の天然発がん性物質だそうです。
         
         「くらしの健康」(08、9月21日)

         首相候補が街頭演説をし、
         笑顔で手を振っている様子がテレビに映し出されています。

         何万何千人の未来ある子供たちや、
         ここまで必至に、懸命に生きてこられたお年寄りの口に
         事故米(他にもあるでしょう)は運ばれたのです。

         責任の所在を追求し罪のなすり合いをする前に、すべき事をしてください。

         ある方のブログで、とうもろこしの収穫を喜び、
         お子さまと楽しそうに、しかも活き活きと採っておられる姿に
         心が“ホッコリ”しましたね。

         食とは本来、人間に優しいものなのですよね。

         人との関わり、繋がりも温かいものなのですよね。
         
         食材を前にして、ワクワクし笑顔がこぼれる世の中へ・・・・・・。

         疑心暗鬼の世界はあまりにも寂しい・・・・・、
         
         子供の笑顔が曇らぬような世の中へ・・・・・・。
         

         
                            >09/22 13:53 拍手コメント下さった方へ
                             お返事は、拍手コメントに書いてます。
                             そちらを見て下さいね。^^



    
“あっ”と、言うまの12日間
      この時期になると、ある少年を思い出す。

      わたしが小学生の頃、その少年と短い期間、
      一緒に学校へ通っていたことを・・・・。

      何を話すでもなく、寄り添って並んで歩いた。
      ただ違っていたのは、いつもこの少年は心に鎧兜をつけ、
      わたしにさへ笑顔を見せなかった。

      或る日、少年はわたしにこう言った。
      「手を繋ごう。」と、・・・・・・・・・
      
      その少年は、先天的に左腕は手首までしかなく、手と呼べるものはなかった。
      でも、わたしは小さいながらに、その申し出がとても嬉しかった。

      ちょっと「ぷにっ」とする柔らかい手首を繋ぎ、
      初めて少年と微笑みながら学校へ行ったのだ。

      そして、それから間もなくして、その少年は転校してしまった。

      この4年に一度の「パラリンピック」を観るたびに、
      この切ない、でも、甘酸っぱい思い出が蘇り、
      あの少年が幸せでいてくれることを願わずにはいられない。

      「パラリンピック」に出場できる選手は、やはり身障者のエリートだと思う。
      苦しい訓練を乗り越え、ここまで到達するのだ。
      
      でも、果敢に挑戦したくとも出来ない身障者の方々がたくさんおられます。
      その方たちの思いを選手たちは背負い、
      「希望を見出してもらいたい。
      世の中が、生きやすい優しい社会になってもらいたい。」と、
      いろいろな思いで、パラリンピッツクに出場されておられます。

      車いすテニスの国枝慎吾くんは、
      障害者スポーツを、高い水準へと押し上げました。
      ツーバウンドが許されているこの競技ですが、
      国枝くんはワンバウンドで返球をします。
      その動きは素早く、陳腐な言葉ではありますが、

      “カッコいい~”のです。

      以前にも載せましたが、国枝くんのHPはこちら。
      車いすテニスプレイヤー国枝慎吾公式ブログ

      彼にはスポンサーがついています、
      だが、他の選手は殆どが自費で大会に出場されています。

      オリンピックやパラリンピックの枠を超え、
      今、まさに「スポーツ」として高い水準まで到達しようとしています。
      (南アフリカのオスカー・ピストリウス選手や国枝くんのような選手が
       これからたくさん出現することでしょう。)

      彼は言います。
      「優秀な選手を支えてくれるスポンサーがもっと現れてほしい。」と。

      この支えは、日々、難局にぶつかろうとも
      それをものともせず生きておられる身体障害者の方々や、
      苦境に立たされて希望や夢を失いかけておられる方々にも、
      日本のパラリンピックの継続は必至です。

      そして決して忘れてならないのは、
      盲人マラソンのガイドランナーの存在や、
      選手を支えておられる人々のことです。
      これはスポンサーがついていない場合、海外遠征に於いても
      全て選手の負担となるのです。

      この国が迅速に、且つ敏速に動き、
      思いやりのある援助をしていただきたい。
      4年後、ロンドンでも同じ顔ぶれが観れることを期待しています。
      (勿論、新人の方にも優しく、
       尚且つパラリンピックを目指し、頑張っていただきたいものです)

      いろいろな競技がありましたが、みなさんはどの競技に熱狂し、
      感動されましたか?

      陸上400M、800Mに出場されておられた高田稔浩選手はご存知ですか?
      今大会で銀メダルを獲得されました。
      この方は、進行性の病気(手足の末梢神経が衰える)で、
      握力は、右が6キロ、左は0です。
      強豪揃いの中で、高田選手は打ち勝ったのです。

      「素質なんてない。
       こつこつとまじめに取り組んだ者が勝つ。」と、高田選手。

      わたしはこの言葉を聴いて、己が恥ずかしく耳が痛い思いでした。

      みなさんはいかがですか?

      そして、この12日間、選手のみなさんお疲れさまでした。
      この数日、わたしは楽しくてたのしくてしょうがなかった。
      選手の方々の熱い思いに感動し、何度涙したかわかりません。
      そしてなによりも、選手のみなさんが明るく、常に笑顔を絶やさず、
      わたしたちに希望の炎を燃やし続けてくださったことに感謝致します。

      ありがとうございました!!

      最後にパラリンピック創始者のグッドマン博士の言葉を贈ります。

      「失った機能を数えるな。
       残った機能を最大限にいかせ!!」



                        >09/20 01:01 拍手コメント下さった方へ
                         コメント下さり、ありがとうございました。
                         お返事は、拍手コメント欄を見て下さい。
      
      
城~、ジョー、カムバック!!
      「はい、お土産だよ。」と、無造作に旦那さまから手渡された。

      その手渡された袋は、お世辞にもキレイだとはいい難く、
      それは、茶色で“クシャクシャ”だった。

      しかも大きい。

      わたしは喜ぶフリを心の中でシュミレーションしていたよ。

      折角のお土産なのだ、
      「ガッカリ」した顔は見せられない。

      そして、意を決して、その袋を開けた。

      「ん?キャップ?バッグ?・・・・・・・・・・な、何これ?」と、思わず叫んでいたのだ。

      それは・・・・・・・・

  



      
つづきを表示
久々のバトンだよ~!!
         今回は、本棚バトンが緋沙子さんから回ってきましたよ~!!

         久々に、
         「みめ麗しく、この世のものとは想えない程の美しさ、
          そして、ちょっぴり可愛いきゅうぞうさ~ん。」と、ご指名がありましたので・・・・

         ええええっ・・・・そんな事は、いっちゃあいないって?98666

         わたしのいつもの妄想だと、お許しを~~~~!ガーン えへへっ キ、キモイ

         しかし、どうもこう云うお題は、自分の頭の内部を
         盗み見られているようで、実に恥ずかしいものですな。

         こんなオババですが・・・・・

         最後までお付き合い下されば有難いでごじゃるぅ。


       ◆あなたの本棚にある恥ずかしい本は?

        この本の題名を載せたら、きっと笑われるよな・・・・ブツブツ

        笑わない?

        ホントに?絶対に~?  ゴチャゴチャ言わんと早く言うんだ、自分!!

        


        それはね、「頭の回転が驚くほど速くなる

        きこ書房 著者 田中孝顕

        この本を購入した時は、わたくし・・・・もう、結構としを取っていましたが・・・・
        この本の表紙に、魔法のような言葉が並べられており、
        
        「こんなオババでも、まだ間に合う?」とか、
        「頭がよくなったら、これからの人生が変わるよな。」とか、
        自分のいいように解釈し、
        しかも記憶力がよくなったら、みんなから羨望の眼差しを向けられるかも。とか、

        今考えれば、恥ずかしいことこの上もなく、
        ただ、努力をせずに甘い汁を吸おうなどと、相変わらずの怠け心を起こし、
        しかも、速聴CDを必死で聴いていたわけです。
        傍から見たら、
        それはそれは恐ろしい光景だったに違いありません。∑( ̄▽ ̄;ゲッ
        わたしには、効果はみられませんでしたが、
        これは、大脳生理学(?)的には証明されているようですよ。

        そこのあなた、試してみますぅ?

       ◆あなたの本棚にある自慢できる本は?

        自慢できる絵本なら、たくさん本棚に並んでますが・・・・・・、

        好きな本ということでご容赦くださいませませ~~♪

        以前にも書きましたが、司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」ですよ。

        次に、高村薫さんの「リヴィエラを撃て」
        この本は、実家から譲り受けたものです。
        きっと、父が読んでいたものと思われます。
        わたしは、人に勧められたり貰ったりしなければ、あまり読まない系統です。
        でも、この本を読み、、果てしない憎しみの連鎖、
        終わりなき報復・・・・・・・
        人間の愚かさや悲哀を強く感じ、
        なぜだか気がついたら涙が頬をつたっていました。

        そして、アガサ・クリスティーの推理小説です。
        短編から長編まで殆ど揃っています。

        「灰色の脳細胞」を持つ名探偵ポアロ。

        小さな村、セント・メアリ・ミードに住んでいる
        物静かで、編み物、庭の手入れが好きな老嬢ミス・マープル。

        特に、このミス・マープルの洞察力、人間観察の鋭さ、
        そして、ものの見事に事件の真相を暴いていく、
        一見、世間話をしているようだけれど、
        徐々に確信部分に迫っていく、その様が好きです。

       ◆あなたの本棚にある手放したいのにいつまでもある本は?

         ロバート・R・マキャモン氏の「ナイト・ボート」

         この本も、実家から回ってきました。
         こういう類(モダン・ホラー)は、どうも苦手です。が、最後まで読み進め、
         これも、違った意味で人間の愚かさ、恐ろしさを感じましたね。
     
         嫌いな本ではないのですが、
         細かい(気持ちの悪い)描写が映画のワンシーンのようにわたしに迫ってきて、
         本棚を見るたびに思い出され、
         それらが本から抜け出し、わたしをUボートへと連れ去り、
         海の底へと・・・・・・・


         ウギャ~~~、たちけて~!!

         ここでも妄想が大爆発ですわぁ~。ガーン ほんまにアホでっせ。

        ◆あなたの本棚にある、あなたが頻繁に読み返す本は?

         お題の意味とかけ離れてしまいますが・・・・

         吉川英治氏の三国志。

         これだけは、何故だか、どうしても3ページぐらい読むと
         その後が続かない。

         それを、何年も繰り返してるわたしって・・・・・落ち込み

         これも父から譲り受けたものですが、
         このお話し自体はよく知っているので、
         読もう、次は5ページと思うのですが、どうしても先へと進めない。

         しかも・・・・・・・・

         おとっさん・・・・・・・・・

         どうしてですか?・・・・・・・・





         なんで?

          2冊づつあるんですが・・・・・

          出版された年代と表紙が違いますが、
          中の内容はすべて一緒ですよ。

          おとっさん、あなたは何がしたかったんかい?

         ◆本棚の中を見てみたい5人にバトンをまわしてください。

          バトンをまわした方がいいですか?

          では、5人は無理ですが、
          本好きの、そこのあなた、どうです?

          kimmysさん、いかがですか?
          エランさん、普段、どんな本を読まれていますか?
          マナティさん、無理はしなくていいですが、お暇なら受け取ってみませんか?

          名前をあげていなくても、
          受け取りたいといわれる方、どうぞお願いします。

          日本文学が好きですが、今回はイメージを一新してみました。

          いかがでしたか?

          やっぱり、アホなオババだったって?へへへへっ

                          では、また来週!!  ありまへんがな。


ひた向きな、その姿
      「申し訳ありません。」と、涙した選手がいた。

      オリンピックやパラリンピックでのヒトコマです。

      確かに、何年もの間、厳しい過酷な訓練を行い、
      メダルを手にすることができなかった場合、
      選手自身は悔しい思いでいっぱいでしょう。
      
      お世話になった方々、
      支えてくれたご家族に謝るのは、これは人として当然かもしれない。

      でも、わたしたち、応援する側は決してメダルを観たいわけではありません。

      「もう一つのオリンピック」といわれるようになったパラリンピックが、
      なぜ、ここまで向上してきたか?
      競技スポーツとして認知されるようになったか?

      以前は、リハビリを主体とした大会だったのです。

      これは、健常者の方々よりも、人一倍の努力と、
      厳しい訓練の賜物だと、わたしは思います。

      パラリンピックに出場される選手の方々の訓練の様子を、
      TVや、特集記事などで目にされる事がありますよね。。。。

      あまりの凄さに、わたしの心はわしづかみにされ、
      その光景に釘付けとなりました。

      そして、パラリンピックも今日で5日目です。
      いろんな感動がありましたね。
      選手の方々の勇姿を観て、
      困難に立ち向かう勇気や恐れない心を学んでいます。

      パラリンピック速報などを知りたい方は、こちらのHPへどうぞ!!
      YAHHO!JAPAN 北京パラリンピック日本選手団にエールを送ろう!
      (08、9月11日)

      7日に、柔道男子66キロ級の藤本聡選手が、
      4連覇を逃したとの報道がなされました。

      この報道記事は、YAHHO!JAPANニュース(08、9月11日)

      しかしながらわたしは、本人の無念さよりも、
      或ることに危惧の念を抱きました。

      決勝戦の相手の選手はプロだそうです。
      プロだということは、スポンサーもついてるわけです。
      それにより、その選手は高い水準の訓練ができ、場所も提供されるのです。

      数年前、オリンピックやパラリンピックの柔道の合同練習があったそうです。
      そこで、どの選手も日本代表にも関わらず、
      パラリンピック出場の選手の胴衣の粗末さ、
      ボロボロになっても買い換えることのできない姿に、井上康生さんが動きました。

      「自分が胴衣を買って贈りたい。」と、・・・・・・

      それによって、柔道協会が、パラリンピックの選手の方々にも、
      新しい胴衣やウエアーを支給されるようになったそうです。

      他の競技にも、それはみられます。
      競泳もそうでした。
      オリンピックでは、殆どの選手がS社のLR水着を着用できたのにも関わらず、
      パラリンピックの選手は、自費の為、殆どの選手は着用できなかったのです。

      この記事は、こちらです。
      YAHHO!JAPANニュース(08、9月11日)

      これから先、この国が変わらぬ限り、
      メダルだ、なんだと云い続けても、
      選手は練習ではなく「資金」という壁にぶち当たり、息切れするに違いありません。

      政治には、急務でしなければならないことが沢山あるでしょう。。。。
      でも、パラリンピックも大事な大会ですよね。
      これこそが、これからのこの国の真価が問われる分岐点ではないでしょうか。

       金メダルを手にし、喜んでおられる石井選手の姿です。

      YAHHO!JAPANニュース(08、9月11日)

      こういう笑顔を失くさないために、今、何が必要か考えていただきたいものです。

      そこのみなさん、街頭演説をする暇があるならば、
      国民の為に、力を合わせ即座に動いていただきたい。
      国民の心は冷え切っていますよ、それが分からないのですか?・・・・・

      そして、今日は9月11日です。
      アメリカ同時多発テロ事件・・・・・・今でも、あの衝撃は忘れられません。

      お亡くなりになった方々へ・・・・・
      ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

      5つの(オリンピック)重なり合う輪は、平和へのシンボルです。

      いつか世界がひとつに成ることを祈念致します。

人気者
     8月も半ばになろうとしていた、ある日のこと。

     「明日、休みを取ったからね、博物館に行こう。」と、旦那さまに唐突に告げられた。

     この頃のわたしは、といへば、体調が思わしくなく、
     
     寝たり起きたり・・・・・ラジバンダリ 知ってる?

     そんな毎日を送っていたのですな。

     でも、旦那さまのこの俊敏な動きには理由があったのです。

     どうやらわたしが、
     「篤姫展が終わってしまうね、また開催される日もあるかな。」と、口走ったらしい。

     以前の旦那さまだと、何処に行くにも腰が重かったのだけれど、
     どうやら、美術館に「ミレイ展」を観にいってからというもの、
     よいイメージを持ったらしく、・・・・・
     過去の素晴らしい作品たちに興味津々なのである。

     その日は、やって来たものの、わたしの体調は最悪。落ち込み
     朝から吐き気との闘いだったのですが、
     「車の中で寝てればいいから。」と、旦那さまに言われ、
     しかも、息子も一緒に行くというから、これは頑張るしかないでしょう!!と、奮起し
     車に乗り込んだ。

     数分も経たないうちに、わたしは後悔しましたよ。
     博物館への道のりは長かった、・・・・・・・
     数時間かかる事をすっかり忘れていたのですな。Σ( ̄▽ ̄; アヘッ

     それでも、何とかかんとか辿り着きました。

     久しぶりだね

     でもね、忘れていたんですよ、・・・・・・
     夏休みであり、「篤姫さま」が大河ドラマのお陰で人気がでていたのを・・・・・・

     駐車場は満杯で、車の行列が遥か彼方まで連なっているではありませんか。
     2時間待ちの憂き目に遭い、
     どうした事か、それでも旦那さまは機嫌がよく、
     そちらの方が、わたしたちには驚異であり・・・・・・
     後から爆弾が落ちるのではないかと「ヒヤヒヤ」しながらも待ち続けたのですな。

        チラシだよ

         やっと館内に入ったものの、
         「島津の国宝と篤姫の時代」展は盛況をはくし、
         車と同様、人も行列を成していたのです。

         展示されていたものは、
         国宝「島津家文書」をはじめ、厳選した貴重な資料が紹介されていました。

         ところが、あまりの人だかりに、観覧することが中々出来ず、
         正直、さほど憶えていません。
         それでも、その中で風刺画(今でいうと週刊誌みたいなものですね)だけは、
         興味深く、記憶に残っています。

         天璋院篤姫や、その側近などを面白おかしく皮肉って描いてありました。
         町民には、どんな風に篤姫は映っていたのでしょうか。。。
         わたしは、その風刺画の、その先の町民の心根が知りたくて
         その前で、物思いにふけっていたのです。

         大政奉還がならなかった場合、
         江戸は戦で火の海だった可能性があったわけです。
         それを、将軍慶喜や天璋院篤姫の勇気ある決断(江戸城の無血開城)により、
         それを免れた。
         その時、江戸町民の心に何を残したかを、
         叶うならば、わたしはインタビューをしてみたい、と思いました。

         そして、疲れ果てたわたしたちは文化交流展示室へと赴いた。
    
         以前、ここへ訪れた時の展示物が主に展示されていたので、
         薄暗いこの室で、長いすに座り“ボ~ッ”としていたのです。が、
         わたしを見下ろす像が一体、置いてありました。
         そこだけ、後光が差しているかのような輝きを放っていたのです。

         それを、ゆっくり見上げていくと、・・・・・・・・・

         その観音さまのお顔は、なんと穏やかで、
         陳腐な言葉の羅列ですが・・・・・・・

         お優しい、人を包み込む懐の深さを感じました。

         優しい・・・・やさしい・・・・・・ただ、ひたすら温かい・・・・

         そのお顔を観ていると疲れも吹き飛び、
         わたしは素直に、自然に笑みがこぼれました。

         残念なことに、その観音さまのお名前を憶えておく余裕がなく、
         片思いのように、また出逢えることを願っている日々です。

         そして、これはお土産ですよ。

      かわいい

        お箸は、旦那さまが選んだのですが・・・・・・・・

        わたしは・・・実は・・・・手作りの若狭塗り箸が欲しいのです。

        ネットで、通信販売のお店を調べたのですが、
        何か、何処か違うのですな。

        やはり、直接小浜に行き、手に取り選びたいものです。

         

         

         


     
王道楽土は夢のまた夢か。。。。。。
     ここは、ある小さな国の総理官邸である。

     カメレオン内閣官房長官が、慌てふためき官邸へとやって来た。

     「アメンボ総理、総理・・・・はぁはぁ・・・・ゲホッゴホッ」と、咳き込んだ。

     アメンボ総理が怪訝な顔をして、官房長官に問うた。

     「何をそんなに慌てているんだ。」

     「た、たぃ大変でございます。
      あの働き者の鷹総理が辞任されるとのこと。
      これから、この国はどうなるのでしょうか?」と、官房長官が憂いてみせた。

     「えぇ~・・・・・、どうして?」と、アメンボ総理。

     カメレオン官房長官が、
     「鷹総理は精も根も尽き果て、何をする気も起こらぬ、と言っておられます。
      きっと、ここまでお一人で、
      混迷したこの国を支えてこられたからに違いないものと思われます。」

     「ねえねえ、それ僕たちへの皮肉かい?」と、アメンボ総理が脹れてみせた。

     「大丈夫だよ、僕を含めて、この国には、
      あと9人も総理大臣がいるんだから。」と、アメンボ総理がおどけてみせた。

     官房長官が頭を抱え、アメンボ総理に訴えた。
     「今まで、鷹総理以外の方々は何も活動をしてこなかったではありませんか。
      早く、他の総理を徴集して下さい。
      この打開策を模索しなければなりません。」

     「僕は、彼らよりも“う~ん”と年下だよ。
      徴集するなら、高齢のねずみ総理がやればいい。」と、駄々をこねるアメンボ総理。

     怒りを抑えつつ、穏やかに官房長官が言葉を発した。
     「いろんな難題が山積しています、どうか早い措置を・・・」

     言葉が終わらないうちに、アメンボ総理が面倒くさそうに言った。
     「じゃぁさ、犬総理を先ず呼んで、話し合おうよ。」

     カメレオン官房長官が、申し訳なさそうに呟いた。
     「実は・・・・・・・ご夫婦で、・・・・・温泉に行かれております。」

     「貧乏くじを引かされたのは、僕ってこと?
      参ったな、
      明日はヒヨコ総理や、スズメ総理でゴルフに行く予定だったのに。」と、アメンボ総理。

     (この非常事態に、一国の総理が何を愚痴グチと言ってるんだ。)と、
     顔には出さず、官房長官が心の中で叫んだ。

     すると、廊下が俄かに騒がしくなり、

     アメンボ総理の秘書が、つんのめりながら駆けてきた。

     「そ、総理、大変でございます。
      国会議事堂に民衆が押し寄せて来ていると報告が入りました。
      何れはここにも、押し寄せるのではないかと思われます。」

     やっと重い腰をあげながら、アメンボ総理が叫んだ。
     「8人の総理を徴集し、鷹総理を説き伏せてもらってくれ。
      その間、僕は民衆の面前で演説をし、時間を稼ぐから。」

     官房長官が、「もう、そんな段階ではないと思われますが・・・・。」と、力なく呟いた。

     「兎に角、今日中に、この問題を片づける。
      いつものように、年金記録問題や原油や食料の高騰、
      そして、教育問題などを、ここ3ヶ月、いや1ヶ月で解決すると
      真面目な顔して訴え、うそぶいておけばいいだろう。
      だって明日は、みんなとゴルフへ行くんだからね。」と、
      アメンボ総理が誇り高く叫んだ。・・・・・


     この国は何処へ向かっているのでしょうか。。。。

     国民と政治家の、この温度差の違いはなんなのだろうか。。。。

     政治家同士の足の引っ張りあい、
     この混沌とする国の未来ではなく、自分の未来にしか興味がない人たち。

     今こそ、党の垣根を越え、
     即座に抜本塞源(ばっぽんそくげん)の改革をお願いしたいものです。

     今できること、しなければならないことを行動で示していただきたい。

     既に熟考する時期は過ぎて、発酵するとき、いや、もう腐りかけてるのかもしれない。

     でも、未来の子供たちが胸を張って、

     「この国は素晴らしい」と言える国づくりを、

     安心して暮らせる社会をつくっていただきたい。

     ・・・・・・・・まだ希望はあるよね、・・・・・・・・

     ・・・・・・・・少しでも光明が見出せれば、
     
     人は、それに向かって突き進んでいけるものなのだ。・・・・・・・
     
     
      
     
検診の結果
      わたしは、8月に市の「結核・肺がん」検診に行ってきました、と
      以前、記事に書きましたが・・・・・・

      その結果が昨日、市医師会から送られてきました。

      ハガキで送られてきたのですが・・・・・・・・

      そのハガキにはシールで覆い隠された秘密の呪文が・・・・・・ギャ~

      す、すみません、取り乱してしまいました。アップロードファイル

      そのシールを剥ぐのには勇気がいりまして・・・・・・・

      も、もし悪い結果が載っていたらば、と思うと手も震え、口の中は乾き・・・

      



      ・・・・・・・・嘘です。

      またまた、すみません。・・・・・・・・・・

      ホントは旦那さまに報告したところ、携帯電話の向こうから、

      「早く、シールを取りなさい。」と急かされ、何を思うまもなく剥いでしまったのです。

      これが、送られてきたハガキです。

      はがき

      “ホ~ッ”と吐息をもらした・・・・・のは、旦那さまでした。

      いつも心配をかけているんだな、と、こう云う時に強く思うわけです。

      やはり癌など、しかも乳がんなどは10年以上の歳月を経ても
      安心を手にすることは難しいのです。

      乳がんによる転移が最も起こりうる部位は、
      肺や骨、胸膜、肝臓、皮膚、脳、体表リンパ節などです。

      今年に入って既に、乳がんや他の癌を患い、ブログを開設されていた方々が
      多く、天に召されていかれました。
      悲しいことです、やるせないことです、悔しいです。
      こう云う思いを大切なご家族や友人・知人にさせぬよう、
      やはり、定期的に検診を受けてほしい、と願わずにはいられません。

      市の検診について以前に書きましたが、
      読まれた方も、まだ読まれておられない方も、
      よかったら読んで見て下さい。

      その記事は、「わが地域の乳がん検診」です。

      今日は、肺の検診(胸部X線写真)について書きますね。

      胸部X線写真は、簡単にできる検査です。
      わたしも検診に行ったときは、用紙に氏名や住所など、「ちょちょい」と記入し、
      それを含め、レントゲン撮影を入れても、10分、15分程で終了しました。

      ただし、この胸部X線写真にも
      わからない重大な病気が隠されている場合があります。
      それは、虚血性心疾患や 不整脈はわかりません。
      
      これによって、肺がんはみつけることはできますが、
      タバコを吸う人に多い扁平上皮癌という種類のがんは、
      レントゲンでは写りにくいのです。
      その為、早期発見が困難になります。が、
      市の検診の項目の中に、「喀痰細胞診」というものがあります。

      それは、肺がんには、肺の入り口付近にできる癌と、
      肺の奥にできるがんがあり、
      特に肺の入り口付近の癌は喫煙と深い関わりがあるそうです。
      その方法は、こちらの「喀痰細胞診」を見て下さい。

      わたしの市では、900円で年1回検診することができます。
      肺がんは、咳や血痰以外のほかの症状がみられた時には
      病状が進行している場合が多く、手遅れにならないよう、
      体の調子が良くても、検診を受けることが肝要かと思います。

      がん保険に加入するのも大事なことですが、
      年に一度の自分自身の「保険」・・・・・

      「あっ、そうだ、検診に行こう!!」と云う、検診保険です。
      
      いろんな病気がありますが、罹ってしまった場合、
      精神的にも金銭的にも、負担が自分やご家族にのしかかってきます。

      今の政治状況では、たくさんの日用品、食料品が高騰しています。
      その上、医療費の負担も増えてしまえば、高い水準の治療が受け難くなります。

      わたしのような癌罹患者には、厳しい冬の時代が訪れるのではないかと、
      日々、不安です。

      このような気持ちにならなくて済むよう、少し立ち止まって考えて頂けたら、
      この上もない幸せに存じます。

      部位から症状をチェックできるHPも載せておきます。
      少しでもお役にたてればと思います。

      ここカラダ(08、9月4日) 症状チェック


      そうそう、おめでたいという事で、旦那さまが「シュー」を買って来てくれました。

      ありがたい?

       イタリアの「シュー」というふれ込みで、ついつい手が伸びたそうですが、

       つぶつぶの白いものが砂糖です。

       正直に言ってもいいですか?
       「普通の、なかにクリームが入っているのがいいんだ~~~!」カエルさん(落ち込む)

       これは旦那さまには内緒ということで、お願いします。ぷぷ


                    *http://www.ntt-west.co.jp/kyobyo/xsen.htm
                     「胸部」レントゲン」より、一部引用
      

      
続く道・・・・・・
     「ううっ・・はぁはぁ・・・や、やめろ、やめてくれ!!」・・・

     “ゴン”と鈍い音が部屋中に響く。と同時に男は目を醒ました。

     ベッドのへりで頭を強く打ってしまったようだ。

     しかも、おもいっきり腕を伸ばしていた、それは千切れそうなほど痛かった。

     強打した頭をかかえながら、
     朦朧とした意識の中でも、男は、ため息を吐く。

     「まただ、なんなんだこの夢は・・・・・・・、くっそ~!!」と、独り言ちた。

     そのうち、その男は自分でも制御できないほどの怒りが込み上げてきたのだ。

     身の回りのあらゆる物を、部屋の壁に投げつけた、
     ベッドわきに置いてあった電気スタンドのくびはグニャッと折れ曲がり、
     白磁のアロマポットは粉々に砕け散った。
     枕から飛び出した羽根が“フワフワッ”と舞い降りていく。

     それを目で追いながら、やっと男は我に返った。

     しかしながら、その男の家族は、激しい物音を聴いたはずだ。
     だが、その部屋のドアはひっそりと静まり返り、
     男の期待に応えることはなかった。

     「毎度まいどのことだからさ。ふっ・・・・・・俺はここにいるんだぜ。
      おやじよ~、おふくろ~、ブスマキのバカヤロー。」と、
     罵ってみたが虚しいだけだった。

     こんな夢を見てうなされるのは、もうかれこれひと月になる。

     いつかは、着物を着た男の子が川で溺れ助けを求めていた。
     小さい頭が、水の中から“ポコッ”と出たり沈んだりしていたのを鮮明に憶えている。
     その時、男は助けようと川に飛び込もうとするのだが、
     息が苦しくて、何故か手足の自由を奪われていったのだ。
     そうするうちに、目の前が真っ暗になり、夢から醒めたのだ。

     目が醒めた瞬間、
     自分が川に溺れたのではないかと思うぐらいに「ぷはぁ~っ」と、
     肩で大きく息をする。
     あの男の子は大丈夫だろうか、・・・・・
     誰かに助けられたのだろうか、・・・・・と、脳裏に一抹の不安がよぎる。
     それにしても、旧い時代の子供のような感じだった。

     或る日は、病院のベッドに横たわり、
     「ううううっ・・・・痛い、うぐ~っ。」と、苦痛に顔を歪めている兵隊さんが現れた。

     その兵隊さんの足を見てみると、“パックリ”と傷口がひらいていたのだ。
     その大きく引き裂かれた傷口から、鮮血が“ドクドク”と流れだし、
     看護士さんが止血を試みるも、それは止まることを知らなかった。

     男はどうすることもできずに、只、この光景を佇んでみているだけだった。

     そのうち、その兵隊さんは麻酔をかけられる事もなく、
     軍医らしき人物の手によって、足を切断された。
     その時の、耳をつんざくほどの絶叫は今でも耳鳴りのように残っている。が、
     その最中も、男は自分の足の痛みで失神したのだ。

     そして、苦痛の中で、手に汗を握りながら、またもや目が醒めたのだ。

     男は、こんな事を、毎日繰り返しているのだ。
     泣き叫んで目が醒めたこともあった、
     少女の目の前にトラックがあらわれ、その少女はタイヤに巻き込まれたのだ。
     たぶん、即死だったろうと思う。
     なぜなら、その時も助けようと走り出した途端、
     身体中が何かの物体にぶつかったのではないかというぐらいに
     激しい痛みが襲ってきて、息ができなくなって目が醒めたのだ。

     そして、今日みた夢は、
     スーツをだらしなく着て、虚ろな目をしたサラリーマン風な男。
     ビルの屋上のへりに座り、車が行き交う路を
     然も面白そうに覗き込んでいた。

     「そんなところに居たら危ないですよ、落ちてしまいますよ。」と声をかけた。
     そのサラリーマン風の男は、その男には目もくれず“スック”と立ち、
     いきよいよくビルから身を投げた。
     必死で男は、腕を伸ばし助けようともがいた。が、手遅れだったのだ。
     そして、冒頭のへりで頭を強く打ったシーンへと戻るのだ。

     あのとき強打した頭の痛みは、苦い思いを蘇らすには十分だった。

     男はもう一度、ドアを“チラッ”と横目でみた。
     やはり、鉄のドアのようにビクとも動く気配をみせない。

     こんな夢ばかり見る俺は、頭がいかれてしまったんじゃないのか?
     こんな世の中には未練などない、
     いっそ、夢の住人たちのように死んでしまおうか!!

     そんな事を考えながら、いつの間にか眠りに就いていた。

     またもや何か眼前に現れるものがあり、
     眩しさのため目を開けることができない。
     暫らくすると、少しづつ目を細め、そして、目を凝らして、その光の輪の中を見た。

     その光の中に、あのトラックに轢かれた少女がいた。
     川で溺れた男の子もいる。
     足を切断され悶絶した兵隊さんも、・・・・・・・・・
     あの人も、・・・・・・・
     
     この人も、・・・・・・・・・

     そして、ビルから飛び降りたサラリーマンもいるではないか。。。。。

     苦しい筈の彼らが笑ってこちらを見ている。
 
     俺に、ここに来て仲間になれってことか?・・・・・・・

     ああ、逝ってやるさ。
     もう、何もかも嫌になってから、7年も家に引きこもってんだ。
     社会は俺を見捨てやがった、
     親だって、妹だって、俺をさげすみ、嘲笑ってやがる。
     はははっ、待ってろよ、そっちに逝くからな。

     そう思った瞬間、青い閃光が身体を貫いた。

     そして耳元で、くぐもった、しかし、清らかな声が囁いた。

     「この方たちは、すべてあなたです。
      生を全うすることなく逝った命たちです。
      あなたの夢にはご老人はでてきましたか?
      力の限り、この社会の荒波を乗り越え命を全うした者はいましたか?
      いない筈です、
      みんな心を残し、何人もの命を紡いできたけれど、
      悲しい死を迎えた方ばかりなのですから。」

     それを聞いた男は呟いた。
     「輪廻転生・・・・・。
      今度こそ、命の或る限り生きろってことか?」

     光の輪の中の彼らは、いや、俺たちは頷いて微笑んでいた。

     何度もなんども、俺はこんなことを繰り返していたんだな。
     この退路を、負の連鎖を俺のところで断ち切れってことだよな。

     俺の背中には、何十人もの命が繋がっているんだな。
     俺のいいところは単純ってことだ。

     やってやるよ、
     俺にしては一生懸命生きてみせるさ。
     これからの俺の人生がうまくいかなくとも、もう、他人のせいなんかにしない。

     そして、部屋のドアを見つめ、
     「先ずは、このドアを開いて、家族に朝の挨拶から始めようか。」・・・・

     “ガチャ”と、ドアノブを回し、
     ・・・・・・ギィ~と扉を開く、そして、そっと廊下を覗き、様子を窺う。
     あっ、何だか懐かしい匂いがする、これは、味噌汁の匂いに違いない。
     なかに入ってる具はなんだろうか。と、考えていた時、

     「お兄ちゃん、おはよう。」と、妹のマキが声をかけてきた。

     「お、お、おはよぅ・・・・・。」と、うつむき加減に男は挨拶を交わす。

     階下に降りていくと、
     おやじがさり気なく、「おはよう。」と、声をかけてきた。

     おふくろも、俺の顔を真っ直ぐに見据え、
     「かず、おはよう。」と、言ってくれた。

     そして、おふくろは直ぐに俺に背を向けながら、
     肩が少し小刻みに震えているのがわかった。

     大きく息を吸い、
     元気に、「み、みんな、おはよう!!」と、挨拶をした。

     挨拶するって気持ちがいいんだな。

     涙を拭いながらおふくろは、
     「さあ、ご飯よ。手を洗ってきなさい、かず。」と、俺の名前を再び呼んだ。

     おやじ、おふくろ、マキ、ありがとな。
     もう俺は大丈夫だ、
     俺には責任があるんだ、みんなと約束したんだ。
     男は、一度約束をかわした相手は裏切らない。

     食卓には、味噌汁、たまご焼き、鮭の照り焼き、ひじきの煮物、
     それから、おふくろが漬けたかぶの漬物。

     「いただきま~す。・・・うめっ、うめぇよ、おふくろ。」と、忙しなく箸を動かす俺。

     おふくろの顔がほころんだ。
     もう、泣かせはしないから。・・・・・

     


     どんな状況下でも、人は変われると信じたい。

     

     


     
      
     
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