フシチョウ・・・・きゅうぞうの部屋
日々のできごと、好きなもの、好きなひと、 そして、病気のことなどを綴っていこうと思っています。。   
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黙祷を捧げます
   37歳、野球一筋の人生でした。

   木村拓也選手!(敢えて選手と呼ばせて下さい)
   <巨人軍コーチ くも膜下出血のため死去。>

   ご家族の皆さま、
   突然のご不幸で、さぞお力落としのことと存じます。
   心よりご冥福をお祈り申し上げます。

   奥様が気がかりでなりません、
   時が経つにつれ、
   ご自分をお責めにならぬよう、願っております。

   大きなおおきな腕が、木村選手を抱え、
   上空へと旅立ってしまいました。。。

   それにしても・・・、

   納得できぬ死、
   理不尽な死、
   人の命は儚いものだと、今のわたしは口に出したくはない。
   (今現在も、病気と闘っておられる多くの人々がおられます)

   ただ云えることは・・・、
   どんな状況下でも精一杯生きてこその人生だと、
   木村選手に教わった気がします。

   しかし、この訃報を耳にした時は、
   自分でも驚くほど、うろたえていました。

   今でも、未だ、それらを折りたたみ、
   「よく頑張られましたね。」とは、言えない自分がいるのも事実です。

   木村選手を語るとき、
   直ぐに頭に浮かぶのは、
   決して、順風満帆の野球人生をおくったわけではなく、
   苦労人であり、努力の人でありました。

   投手以外は、どこでも守れる(ユーティリティープレイヤー)であり、
   スイッチヒッターでもありました。
   ですが、器用な選手だったとは思いません。

   やはり、努力の人であり、野球への情熱を燃やし、
   決して探究心を忘れない、
   自分を進化し続けた人だったと尊敬しています。

   そして、原監督や他の人々の(悲しみの)涙を見るにつけ、
   木村選手の人としての素晴らしさを表わしていると、
   そしてまた、「どうして・・・」という
   無意味な問いを、彼ら(神仏)に問い続けるのです。

   これからは、木村選手が繋げていこうとしたものを、
   残された選手がきっちりと受け止め、
   継承してもらいたい。。。

   たわわ

    この梅のように毎年、たわわに実らせ、
    育んでいってほしいと切に願っています

    だけど、あのはにかんだ笑顔が忘れられません。
    黒バラ(中居くん大丈夫だろうか・・・)では、
    野球モノマネを、イキイキと楽しそうに披露されておられましたね。

    その姿を見るたびに、
    「ああぁ~、この人はホンとに野球が好きなんだな。」と、
    感じ入るひと時でした。

    木村選手の夢は「監督になる」ことだったそうですね。
    志半ばでついえた夢は、
    あの世界で叶うと信じています。

    わたくしきゅうぞうめは、哀悼の意を表して、
    木村選手の野球モノマネで送り出したいと思います。

    えっ?似てない?
    何時か、わたしがそちらに逝ったとき、
    手ほどきを宜しくお願い致します。

    では、また逢う日まで・・・さようなら。。


    *追記
     今年の巨人は、益々、強くなることでしょう。
     木村コーチを胴上げするために・・・。

     広島カープも、日ハム(わたしはホークスファンでありますが)も
     どうか奮起して下さい。

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