フシチョウ・・・・きゅうぞうの部屋
日々のできごと、好きなもの、好きなひと、 そして、病気のことなどを綴っていこうと思っています。。   
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「ひろしまのピカ」
     わたしの誕生日(8月6日の記事)に、
     ある絵本を、ブログに載せたいと思っていました。

     ところが、いくら探しても見つからないのです。

     暫らくして、やっと見つけたものの、・・・・・・
     久しぶりに手に取り、開いた絵本の中には
     凄惨な悲しい物語が広がっていたのです。
     (原爆体験をおりあわせて、つくられたものです)

     ある方の記事を目にしなければ、わたしは、この絵本を載せなかったことでしょう。

     その方は、kimmysさんです。
     その記事は、「市民球場最後の年」というタイトルでした。

     この記事を読ませていただき、
     そして、もうお一方の想いも重なって、・・・・・・
     伝えなければと、躊躇していた気持ちが定まりました。

          DSCN1933.jpg
           (写真は大きくなります。)

           丸木 俊 え・文
           小峰書店発行

           この絵本の冒頭は、このことばから始まります。

           その朝、ひろしまの空は、からりとはれて
          真夏の太陽は、ぎらぎらとてりはじめていました。


          この日、ひろしまの町はいつもの日常を映しだしていました。

          この絵本には、「みいちゃん」という女の子が描かれています。

       DSCN1940.jpg

   1945年8月6日、午前8時15分までは、

   いつもの朝、いつもの日常が、
   穏やかに時を刻んでいました。

   この幸せが永遠であるかのように、
   「みいちゃん」は笑って、
   お父さん、お母さんと食卓を囲んでいました。

     そして、その直後、アメリカの爆撃機B29のエノラ・ゲイ号から、
     人類初めての原子爆弾が落とされたのです。

    DSCN1945.jpg DSCN1956.jpg

      川のなかに、酷いやけどをおった子供たちが、みずを欲しがり、
      からだの皮がやけて、むけて、ぼろのようにたれさがり
      ・・・・・・・・・<中略>・・・・・・・・・・・
      力つきてうつぶせになっているひと、そのうえにまたたおれるひと、
      ひとがおりかさなって小山のよう・・・・。

      羽根が燃えて飛べなくなったつばめ、
      川かみのほうから、ひとや、ねこが流れてきました。

      死んだ赤ちゃんに、お乳を飲ませようとする母親、
      その母親は茫然自失のまま、水の深いところへいきました。

      「みいちゃん」たちは、燃え盛る炎のなかをかいくぐり
      やっと4日目に、住んでいた家に辿りつきました。

           DSCN1959.jpg

            ひろしまは、草も木も家もない、            
            みわたすかぎりのやけ野原になっていました。

      DSCN1964.jpg DSCN1985.jpg

       大勢の日本人、たくさんの朝鮮人、アメリカ人も中国人も
       ロシア人、インドネシア人も、死んでいるということです。

       「みいちゃん」は、7才のときのまま、大きくなりません。
       「ピカ」で飛んできたガラスの破片が、今でもぬけてでてきます。

       あの幸せだった「みいちゃん」の家族も、深い悲しみの渦の中にいます。
       お父さんが死にました。

       被爆した人々は、次々に死んでいきました。
       あれから35年もたっているのに、未だに人は次々に死んでいきます。

       毎年、8月6日がくると、ひろしまの7つの川はとうろうで溢れます。

       「みいちゃん」のお母さんは、7つのままのみいちゃんの頭をなでながら、
       「ピカは、ひとがおとさにゃ、おちてこん

                                  *絵本の文・え抜粋

       作者の気持ちが痛いほど伝わってきて、
       わたしの心は、悲しみと憤りでいっぱいになります。

       原爆投下に加わった第509混成部隊の人々は「英雄」として 名を馳せ、
       しかも罪の意識に苛まれ、
       その後、波乱万丈の人生を歩んだのは
       クロード・ロバート・イーザリー少佐ただひとりだそうです。
  
       わたしは、ある番組で、
       この部隊の生存者が今でも「正しいことをした。」と、
       口々に語っているのを耳にし、嫌悪さへ禁じえなかった。

       しかし、おびただしい数のアメリカ兵士もまた、犠牲者だということを
       この時、知る事になったのです。

       それは、NHK BS世界のドキュメンタリー
       「アメリカ 被曝(ひばく)兵士の告発」(08、10月4日)

       戦争は人間を醜くします。
       戦争は人間を鈍感な生きものにしてしまいます。
  
       何が悪で、何が善か・・・・・・
       こんな簡単な答えさへ、人は暗中模索の域をでないのです。

       ただひとつ、「核兵器」の根絶を祈るのみです。
       
       原爆投下に使われたB-29「エノラ・ゲイ」とは、
       ポール・ティベッツ, Jr(509部隊)の母親の名前だそうです。

       一般市民、十数万人の命を奪った爆撃機・・・・・・
       この方のお母さんは、生きていたなら、・・・・・・・・・心が千切れそうです。

       今も、この国は混沌としています。
       毎日まいにち、何かしらの事件・事故が新聞紙面を賑わせています。

       ありふれた「明日」が、どれだけの喜びであるのか、
       大切なものであるのか、・・・・・・・気づいてほしい。

       あの頃の、広島の方々の「明日」を、
       次世代のわたしたちが、未来あるものにしなければ・・・・。

           
           この曲が、あなたの心に届きますように・・・・・・。

                                    作詞・作曲 小田和正

           ここまで長い稚拙な文章を読んでいただき、感謝いたします。

                              *拍手コメントを下さったみなさん、
                                ありがとうございました。
                                お返事は、拍手コメントを見て下さいね。^^



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