フシチョウ・・・・きゅうぞうの部屋
日々のできごと、好きなもの、好きなひと、 そして、病気のことなどを綴っていこうと思っています。。   
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父の思い出
        「きゅうぞうちゃんのお父さんには、大変お世話になった。」

        父が亡くなった今でも、度々、言われる。

        でも、わたし自身、そう言われても

        「父は凄い」とか、「父は立派な人物」とは、到底思えないのだ。

        以前、お話ししましたが、

        家の中では、大暴れ。

        食事中でも、何か気に障ると、膳(テーブル)をひっくり返す。

        そういう父だった。

        それでも週の大半は、お客さまが絶えない家だった。

        これも、以前お話ししましたが、我が家はが付くぐらい貧乏であった。

        小さいボロヤに住み、食事は質素であった。

        にも関わらず、お客さまが見えると、食卓にはご馳走が並ぶ。

        しかも、小さいわたしは必ず、客の相手をさせられていた。

        子供心に、「なんで、こんなに晩くまで相手をしなければならないのか?」

        「今日も、こんなご馳走、
              夕飯には出てこなかった。」と、思っていた。∑( ̄▽ ̄;)ガーン

        それでも私は、親の言う事を聞き、ニコ二コと笑って相手をしていた。

        そして、お客さまが帰るだんになると、

        父はタクシーを呼び、お金まで払うという熱の入れようだ。

        こういう光景を目にする度、

        「小遣いあげろ~
           小遣い、もっとくれ~。」と、心の中で悪態をついていた。

        決して、お偉いさんの接待などではない。

        ご近所さんにも、同じように振舞う。

        わたしは、うちの親は見栄を張る、どうしようもない人間だと思っていた。

        でも、今思えば、わたしは沢山の親の恩恵に与っていたようである。

        貧乏で、買えるはずもないリカちゃん人形と沢山の着せ替え齢がバレバレ
        
        そして、リカちゃんハウス(みなさんは、当然買うことが出来たと思います)

        カウンター付のお寿司屋さん

        父の友人が、「なんでも好きなのを食べなさい。」と、連れて行ってくれた。

        しかも、帰りはお土産まで持たせてくれた。

        お正月には、たくさんの方からお年玉を頂き、

        集計すると、両手にも入りきらない金額を頂いていた。

        今でいえば、福沢諭吉の顔、顔、顔である。い、今欲しいよ~(>_<)

        こんな事は、日常茶飯事だった。

        田舎から送ってきたと言っては、近所のおばさんたちが

        野菜やお菓子や、いろいろな物を持ってきてくれていた。

        そして、わたしは非常に可愛がられ、

        昔の写真を見てみると、どこから見てもお金持ちのお嬢さんと

        同じ洋服を着ている、・・・・悲しいかな、うちでは買えない。

        母がいつも言っていたな。

        「人に親切にすれば、人に優しくすれば、

         必ず、その優しさが、自分や家族に返ってくるからね。」と。

        きっと、父はそういう人だったんだろうと思う。

        でも、未だに根に持っていることがある。やな奴だな、自分。

        ある日、我が家に北欧調の高級机がやってきた。

        わたしの机は古く、汚い。それで父が私に買って来てくれたと喜んだ。

        しかし、その机は、近所の娘さんの中学の入学祝いだった。

        「お父さん、なぜ、あなたは直接送らなかったのですか?」

        ずっと、ず~っと不可解な父だ。

        「お父さんには、命を助けていただいた。」・・・???

        理由を訊いても、どうしても同一人物とは思えない。

        謎は解明されぬまま、今に至っている。

        もう訊くことができない、

        みなさんは、ご家族と、納得いくまで話されてますか?

        今日は、親御さんとジックリお話ししてみませんか?

        いなくなってからでは、私のように後悔しますよ。

        

        長いながい文章を、ここまで読んでくださって感謝します。(^ー^)V

        

COMMENT

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そのとおりですね。
よつば | URL | 2008-02-22-Fri 18:46 [EDIT]
あー、なんかわかるような気がします。
私の父も平成6年に亡くなりましたが、とても人によくするタイプでした。
今頃になって、父ともっともっといろいろ話をしておいたらよかったなぁ~と思うことがあります。
そして、もし今生きていたら、色々と悩むことも多いかもしれないけれど、成長した孫の姿などを喜んでいるだろうなぁ~なんて思ったりします。
ホント、いなくなってからでは何もできませんね。
せめて、母に孝行を・・・と思いますが、今だに世話になってばかりの娘です。笑
ま、それも孝行か? とにかくこの病気を克服したところをちゃんと見せてやらないといけないと思っています。
こんばんは。
akane | URL | 2008-02-22-Fri 23:12 [EDIT]
も、もしかして、きゅうぞうさんのお家は、大変由緒ある家柄では・・・・・。
ということは、きゅうぞうさんは、お嬢様だった!?

サニー | URL | 2008-02-23-Sat 00:44 [EDIT]
こんばんは、「人に親切、やさしくすれば、自分や家族にかえってくる」んですよね。きゅうぞうさんのお父様はそういう方だったんですね。すごく立派ではないですか(*^_^*)
私は実家暮らしで毎日両親と顔をあわしてますけど、じっくり話をしたことがないですね。心配かけてるわりに、話すとなぜかケンカ腰になったりで・・・。両親がいることが当たり前の生活になってしまって、ありがたさを忘れてしまってるんですよね。反省(+_+)
考えます。
仲良し夫婦 | URL | 2008-02-23-Sat 07:44 [EDIT]
私の父は小さい時に別れていて母は15の時にくもまっか出血で食物人間になってしまいそれから十年間その状態でした。
看病の間に兄弟からイロイロな話を聞きましたが
みんな違っていて戸惑いました、が母は上手く兄弟をまとめる為にイロイロ言っていたのかも知れません。
今では解りませんが、聞きたい気持ちはあります。私は何かして上げられたのかと・・・
本当に話せる時に話しておいて欲しいものですね。
こんにちわ^^
かこ。 | URL | 2008-02-23-Sat 11:44 [EDIT]
私もね、一時期、父にすごく反抗したことがあるの。
中学、高校の時だったかなぁ。
結婚してからは、すごくよく、いろいろなこと話すようになりました。
子供ができてからは、余計、親のありがたみが、わかったって感じです。
昔はすごく厳しかったけど、歳とともに、話しやすくなり・・・時々、頑固なところもあったり?^^;
でもやっぱり、今の方が、いい関係なのかな。

人に優しくすれば、必ずそれが、自分に返ってくる、、、、これは、実家の母にも、言われるの。
いつも、心のどこかにあります。

感謝しなければいけないね。
自分が親になって、この病気になって、、、、しみじみと実感しています。
こんにちは♪
kimmys | URL | 2008-02-23-Sat 12:51 [EDIT]
ご両親は「情けは人のためならず」を、実践されてたんですね。
私の父は仕事人間で、日曜日もほとんど家にいませんでした。
でも、いる時は必ず一緒に食事をして、テレビも一緒に見たりしてました。
その時何を話したか、よく覚えていませんが、
いろいろ話してたんでしょうね、音楽とか、映画の趣味がよく似ています。
今は帰ると、にこにこしながら「おかえり~」と迎えてくれます。
その姿が、年取ったんだなと胸にチクッときます。
経済的な孝行は、まだまだ難しいので、
一緒に過ごして、話をするのも孝行になるかなと、思ってます。
みなさん、こんにちは。
みなさん、コメントありがとうございます。 | URL | 2008-02-23-Sat 14:48 [EDIT]
>よつばさんへ
昔の父親って(よつばさんのお父さまは、もっとお若かったと思いますが)
寡黙で、頑固で、近寄りがたかったように思います。
本当に、父の真意を訊いておけばよかったと、今更ながら思いますね。
うちの父も生きていたら、・・・どんなだろう?
結局、有り難味がわからないまま、過ごしていたかもしれません。

わたしが病気をしてからというもの、元気で病院のお世話になどなった事がなかった母が、
心労からか入院をしてしまいました。
つくづく親不孝だなと思いますが、よつばさんがおっしゃるように、
この病気を克服して、母を安心させたいですね。がんばるぞ~!!

>akane さんへ
ンフフフ・・・・って、だから貧乏だってば~(笑

昔は妄想してましたよ、きっとお金持ちのジイが
「お嬢さま、迎えにまいりました。」と、言って外車で迎えに来るって。
未だに、おばさんになっても、誰一人迎えにきません。(泣

>サニーさんへ
>心配かけてるわりに、話すとなぜかケンカ腰になったりで
とっても、わかる~!!
わたしも若かりし頃、そうだったもの。
それになぜだか、自分の親だけは
死んだりしないって、変な自身を持ってたりして・・・。(汗
だから後悔の連続です。
サニーさんは、親御さんの傍にいるだけで、孝行してるんですよ。
わたしも息子が帰省すると、よく喧嘩しますが、それが又、楽しいですもの。
子供が笑顔でいる事が、親にとって最良の幸せなんです。

>仲良し夫婦 さんへ
大事なお話を、わたしみたいな者に話してくださって、ありがとうございます。
わたしの父も脳梗塞で、寝たっきりの状態が長かったです。
傍にいるのに、話すことができないもどかしさ、・・・辛いですよね。

でも、話す事がイロイロ違っていても、
それもお母さまの言葉の一部分、大事にしたいですね。
齢をとっていくと、父の言動や、行動の意味が少しずつ理解できるような気がしています。
わたしも、この齢になってからですが・・・。
自分の子供たちとは、たくさん話をして、理解し合っていきたいですね。
私達のような思いをさせないように、お互いがんばっていきましようね。

>かこ。さんへ
父親って、なぜか特別な存在ですよね。
だから、ぶつかってしまったり・・・。
かこ。さんが羨ましいな。今、とってもいい関係なんですね。
わたしも、母とたくさん話をするよう心がけているつもりです。
父のように後悔しないように、と思っています。

病気って、悲しいことや、辛いことばかりじゃないですよね。
人の優しさが、身にしみる今日この頃です。親に、みなさんに感謝です。

>kimmys さんへ
わたしが、父の事を振り返って考えたきっかけは、
kimmys さんの、ふぐのお寿司です。
ほとんど、しゃべらなかったけれど、
そういえば手土産は、よく買ってきてくれたな~って。
本の趣味も似てたな~って、思い出すことができました。・・・ありがとうございます。
kimmys さんの記事に、お父さまの好きな映画などが登場する度に、
いい関係なんだろうな、と思っていました。羨ましいな。

うちの母も、私たちと話すことが一番楽しいようです。
これからも、たくさんお話していきたいですね。

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